お見舞い
- [ Post Date ]
- 2007/10/26
- [ Category ]
- 社会
うちの近くの病院に、あるところで知り合った身寄りの無い方が入院されている。お見舞いの時間がやっととれたので出かけてみる。ところが、その方のいた10人の大部屋のベッドには、べつのおじいさんが寝ている。看護婦さんにうかがったら、1ヶ月近く前に、ほかの病院に転院しましたよといわれた。この病院には1ヶ月ほどしかいなかったことになる。申し訳ないことをしてしまった。もっと早くお見舞いに来なかったことが悔やまれる。
その方は生活保護をうけ、家族の引き取り手がいないので、じつはどこも悪いところはないのに、いわゆる社会的入院をしている。今の制度では入院は3ヶ月までなので、生活保護専用のいくつかの病院を転々としている。そういう病院は、たとえば虐待などがあるような酷いところではないが、やはり飼い殺しの施設と呼ぶよりない。外出一つできず、全員がお仕着せの寝巻きで私物もきわめて限られ、プライバシーのひとつもない。第一自分が次にどこの施設に送られるか、本人は決定権がまったくない。お見舞いに来る人も滅多になく、娑婆から隔絶された場所で、たいした病気でもない人たちが、徐々に弱り衰え、死ぬのを待っている。
その方も、病院を転々としながら、私の家の近くの病院に移れる日を心待ちにされていた。近くに転院してきましたよ、と、病院の売店のおばさんに代わりに電話をかけてもらったのが9月はじめのことだった。ほどなくお見舞いにうかがったときには、心底喜んでくださった。「死ぬ前に会いたいと思ってた。」とまでいわれる。山のような繰言と、自分のからだの調子の悪さと、それでも会えてよかったという喜びとを、くぐもった声でいつまでも話された。むくんでルームシューズにはいらない足をさすってあげたら気持ちよがってくれた。その後日またお見舞いに行ったら、私と会えた日からやっと食べられ、眠れるようになったと言われる。
「ずっと病院の中ばっかりだから、たまには外出しましょうか?車椅子押してちょっとそこらへんまでね。車に乗っても良いし。」ともちかけると、「と、とんでもない」と、くぐもった声に感情がまじって反対された。「おれはもう、ふつうのからだじゃないんだよ。外出なんかして、もし外でたおれて病院にめいわくかけたら、この、病院にも、もういられなくなるし、そんなやつは、ほかの病院でも受け入れてもらえないんだよ。そうしたら、おれはほんとうに、いるところがなくなるんだよ。外出なんて、そ、そんな大それたこと。絶対そんなことはできないんだよ。おれはもう、ほんとうによわってるんだから。」
ちょっと近所を、車椅子で動くことが、「外出なんて、そんな大それたこと」と受け取られている。この世の中のほとんどあらゆる喜びから遠ざけられ、徹底的に無力にされている。
この同じ病室の他のおじいさんたちだって、同じように希望のない空しい日々をすごし、この方ですら、たまーにお見舞いが訪ねて来たことで、羨望のまなざしで見られるかもしれない。日本中の社会的入院の何万という方たちが、こんなにまで喜びの乏しい飼育小屋で、最期の日々を送っている。
老人施設に入れれば、3ヶ月以下の盥回しから解放され、せめて少しは見通しのある生活ができるだろう。やはり病院より生活の場を増やすことがまだまだ追いついていない。生活保護を受ける老人のための施設が特に。経営として成り立たなければ現実性がないし。
今は解決の見つからない宿題。
- [ Post Date ]
- 2007/10/26
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