一亭一客

[ Post Date ]
2008/01/05
[ Category ]
舞えや謡えや

1月5日(土) 一亭一客

今日はお茶の初釜の日だと予定していて、支度をしていそいそと先生のお宅にうかがった。綺麗にお掃除がされお玄関に水もまかれていたが、ご挨拶を呼びかけると先生が奥から出てこられ、「明けましておめでとうございます・・・でも満紀ちゃん、初釜は来週よ。」えっ?暮れに十分確認しなかった・・ああまたやってしまった、そそっかしい私!でも新年早々こんなヘマするなんて、今年はついてない??

先生はいつも心の底が明るく開いている方だ。「まあまあ、あたしもよくやるのよ、まったくよく似てるわね私たち」とほがらかに笑い、「せっかく来たんだから、(お席を)拝見なさってて。」と言われて、ご自分は奥にちょっとさがられた。さすがお茶人のお正月。いつどなたが来てもいいように、すがすがしい新年のお茶席がしつらえてある。「道楽(道を楽しむ)」という雪底老師の書、水仙、白梅と千両が蓮型の花器に生けられて。白地に富士、松、竹の書画三点を切りはめた風呂先屏風。つやつやした長板に、朱に金で竹を描いた水指。井伊宗観公好みの芽柳のおなつめ。遠山の炉縁・・・。白と黒の引き締まった空間に水指と蓋置だけが鮮やかな朱。

しばらく拝見をしていると先生が戻られ、私はびっくりした。エプロン姿だった先生はあっというまにお着物に着替えてこられたのだ。「一亭一客の茶事をしましょう。お客様はあなた一人よ。一緒にこのお茶事のお勉強よ。」なんということだろう!私はもう魔法の世界に迷い込んだよう。おのれのうかつさを恥じていた曇った気持ちが、清新な風に吹かれてとんでいってしまった。お茶室の神仙な気が全身にあらためて通っていく。私はこの一期一会の出会いにわくわくしながら入っていった。

一亭一客の茶事とは、特別のただ一人のお客さまのための最高のおもてなしの仕方。それを、間違えて来た私のためにしてくださるなんて。こんなに思いがけない贈りものがこの世にはありうるのか。出会いへの感性を全開に生きていると、日常のつまらないできごとも奇跡に変えるような魔術ができるのか。季節との出会い、出来事との出会い、お道具との出会い、人との出会い。出会いは無限の潜在力をふくんでいる。お茶人とは出会いに懸ける人生なのだろう。

このお茶事では、つねの薄茶点前と違って亭主と客は正面であい対す。気とことばの、水ももらさぬ交流だ。必ず亭主にもご自服をすすめる。おなつめやお茶杓も対面したまま拝見して、親しくそのいわれなどをお聞きする。どこまでも懇寧な関係性が味わえるお点前やお作法だ。先生の清明で闊達な気を、まぢかで私の身体にしみこませるのが嬉しい。

私は魔法の世界で心震えていた。お茶に限らず、瞬間瞬間にさまざまな出会いが起きてはまた起きる、この現実世界がもともと魔法のようなものなのだ。いつなんどきでも、奇跡はおきうるのだ。思い込みや自己中心性や感情の滞りなどに邪魔されず、変幻する潜在性の次元に触れられれば。

私が今もっとも心血をそそいでいる、ある「出会いのレッスン」でも、もちろん日常のどんな出会いでも、今年は、無限の潜在力に開かれていよう。

 

 

 

 

 

 

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2008/01/05
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