鏡獅子

[ Post Date ]
2008/02/15
[ Category ]
身体・性・舞踊

2月14日(木)
歌舞伎座二月大歌舞伎、夜の部をみた。
初代松本白鸚の回忌の月だった。子の幸四郎ら5人の近親者が口上で、じかに白鸚の思い出話をしてくれるのは、彼を見たことのない私をふくめた観客には、したしみのわくいい機会だった。息子は松本幸四郎、吉右衛門、孫は市川染五郎、松たか子、家族に名役者ばかり揃うことに改めてびっくり。

市川染五郎が本興行で初めてつとめるという「鏡獅子」が、心に焼きついた。
この身体の勢いのよさ。

男盛りが娘役を踊る前半は、強さと繊細さとがありえないようなミックスをする。女にはない筋力や芯の強さがあるために、女がだせないくらいに踊りのインパクトが強い。
それでいて、染五郎の身のこなしは、すみずみまで繊細だ。江戸城のお茶小姓の弥生がお茶を点てているところを、将軍の前で踊るように無理やり連れてこられ、突然のことに本当に頬を赤らめるような心持で、でも覚悟をきめてういういしい踊りを始める。踊りの中でお茶の服紗だたみのしぐさがあったが、それはお茶人でも滅多にないくらいの鮮やかさだった。服紗を瞬時にして縦3つたたみ横4つたたみにふっくらとたたんでしまった。すごい、この人の手、魔法使いみたい。弥生の踊りの有名な場面、二枚扇でも、左右の手にそれぞれ扇をもって順々に宙にとばして一回転させるのなど、ハッとするくらいスピーディだった。芯には強靭な力をひそませ、随所で何気なくすごい技を見せ、表向きはういういしく可愛い。

(二枚扇というと、能の「望月」の、二枚の扇を頭とあごに結わえて、余興の獅子を舞うという場面を思い出す。二枚扇=獅子 という連想が昔はあったのだろう。獅子の種々の伝統も興味深い。)

弥生が手にしていた木彫りの手獅子が、いのちを吹き返して、勝手に動き始め、弥生の腕や身体をひきずりまわす憑依の場面も、ひとつの身体での、超人間的な力と、ひきずられていく無抵抗な娘の力両方の演技が、みごとだった。これも男盛りが踊ってこそ対比が出せるのではないか。

獅子に完全に変身して再度舞台に戻る。ここからは女の要素はまったくない、豪壮な獅子の狂いの踊り。毛振りもまたすごい迫力だった。毛振りは、首で振るのではなく腰で振らなければならない。染五郎の腰は黒人ダンサー並みに強靭でキレがよかった。はじめは毛は身体前方の床につきながら、左右や後ろでは宙をとぶが、終盤、毛は床に付かずに高速度で360度空中を旋回する。そのときの腰が一層力強かった。日本の伝統舞踊にはリズミカルな腰遣いはあまりないのだがこんなに高度にできるとは。激しい動きにもまったく身体はゆるがず、足腰全体の強さも感心した。

この役は女でも女形でもなく、逞しい身体でかつ、繊細な娘役も踊れるように鍛錬した男性の踊り手にこそつとまる思う。
もっと中性的な魅力を出せる役、あくまでも女性性が匂い立つ役・・。トランスジェンダーの芸能の表現は幅広い。その可能性をもっと見ていきたいと思う。

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2008/02/15
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身体・性・舞踊
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