幼い子をそだてる
- [ Post Date ]
- 2008/03/12
- [ Category ]
- 社会
3月11日(火)
柏市の「子育て心絵セミナー」の講師をつとめた。
30人ほどの若いお母さんたち、そして、お一人の年配の男性が、ご熱心に参加された。3人のお母さんは乳児をだっこされての参加。また、市の講座なので保育もついていて、幼児をあずけてしばしの自分のための時間を堪能されている方もたくさんいた。私も遠くない過去にまったく同じ立場だった。赤ん坊をつれて大学院の授業や講演会などどこにでもでかけ、抱いた子に乳首をくわえさせてとにかく静かにさせながら学んできた。今日はひさしぶりで甘いにおいのする赤ちゃんたちと一緒の教室、本当にうれしかった!
柏駅ちかく。人の移動の多い地域なので、転勤で来てまだ知り合いがいないという方、身動きがとりにくいなか仲間を求めている方も多い。こういう子育て講座は、お母さん方が知り合う貴重な場所でもある。
みなさんに自己紹介をしてもらうと、「今はとにかく子育て情報を集めています。」「子どもの小さなことが気になって怒ってばかりです。私自身が楽になれたらと思います。」「子どもに自分を吸い取られて枯れていくので、こういうところで栄養補給です。」ああ・・・孤立した、経験の少ないお母さんが、情報ばかりに囲まれて、一人で子どもと向き合っているのは、ほんとうにたいへんなこと。
私の講座は、手当て(愉氣)のお話と実習だった。レジュメはこちらです。
kashiwacityseminer2008.3.docをダウンロード
子どもの心身の調子が悪いとき、愉氣をしてやっていれば、大人から子どもに、基本的なことはそれほど心配しなくてもみんな伝わると私は思う。
・・・大人は自分を大事に守ってくれてるんだな、ちょっと具合が悪いのくらい薬なんてなくても乗り越えられるんだな、人と人は支えあって生きていくんだな・・・。
愉氣をされて育った子どもとは、言葉以前にふっと通じ合うことが多くて、気持ちのいい関係でいられるし。
子育てをこういう本能的な感覚ですれば、情報にふりまわされて混乱することもなくなるだろう。
お母さんがたは、お互いに手をあてあう実習にはいると、あちこちでお話し合いを始めたりして、仲良くなっていった。ただ講師の話をきくだけより、ずっとお友達ができやすいんです。
「具合わるいの?どれどれ、手をあててあげるね。どう?きもちいい?
「うん。
「・・・・ああ、手でわかるけど、だいぶさっきより楽になったでしょう?
「うん。もう痛くない。ありがと!
こんなことが子どもの日常にいつでもあったら、どんなにいいだろう。
現在の子育ては、知識や情報をベースに、義務感でされていて楽しくない。重荷だ。子育てにたしかにお金はかかるが、どんなに経済的援助があっても、そんな精神的重荷は女性たちは負いたがらない。
でも子育てが、こんな気持ちのいい身体感覚をベースになされれば、たいへんではあっても喜びは大きいのだ。
それから・・・。ほんとうは、孤立した、経験の少ないお母さんが一人で子どもと向き合っている、ということ自体を根本的に変えなくては、子育ては重荷であり続けると思う。
日本では伝統的に、子どもは子守や乳母が世話をしてきた。
親が望めば生後すぐから、保育園などが子どもをみてくれる仕組みをつくるなら、むしろそれは日本の伝統に近いのだ。
だいたい子どもは子どもが好きなのだから、少子化で子どもがちらばってしまうならよけいに、小さいうちから集めたほうがいい。また子どもがいろいろな大人に世話されれば、社会にはいろいろな大人がいるのだから、特定の親の影響をうけすぎるよりも適応力は高まるだろうし。
愉氣も、決して「お母さんの愛情こそが子どもに通じるのです」という、母子の絆だけを固める手段ではない。愉氣は、血縁、家族は関係なく効果がある。むしろ今は、お母さん以外の人が子どもに積極的に愉氣することをおすすめしたいと思う。
- [ Post Date ]
- 2008/03/12
- [ Category ]
- 社会
- [ Trackback ]
- http://www.typepad.jp/t/trackback/308495/12152004
