枯れない生きかた
- [ Post Date ]
- 2008/05/21
- [ Category ]
- 日々のこと
5月20日(火)ゼミ生ら13人と、大学のお近くにお住まいの91歳の方のお宅を訪問した。この方とは、「戦争体験の語りを聴く」という授業に来校いただいたことが機縁で、交流をさせていただいている。この日は、戦争体験のお話をうかがうだけでなく、この方が今情熱を注いでおられる、絵画の作品を見せていただくことも目的だった。私はこの方の、みずみずしいいろどりの伸びやかな絵の大ファンで、お写真でしか拝見していなかった絵を生でみせていただきたかったし、学生たちにも、この方の年齢をまったく感じさせない豊かな感性や創作意欲に是非接してもらいたかった。
大勢のお客を、ご家族さまがお心づくしで迎えてくださった。ありがとうございました。次々と作品を見せていただく。3年間で二百数十枚を描かれたとか!まずはその量と、限りないバラエティに、圧倒される。赤紫や緑や黄色の鮮やかな色彩。畳を黄緑に、障子を赤に描くなどの、常識をかるがる超えた柔軟な発想。題材は、TVコマーシャル、新聞の記事写真や広告、思い出の光景や、名画の模写などさまざまだ。遊び心がいっぱいで、意表をついた発想に驚かされる。
資生堂の、美女たちが集合した広告写真は、「女の人たちみんな、仲が悪くてにらみあっているの。」と趣旨をまったく変えてしまうし、アンリ・ルソーの模写は、「動物が一匹しか描いていなくてさびしいから二匹にしたんだよ。」と自由自在に描き変えてしまう。女性の絵が多く、それがみんな美しく艶やかだ。ご自分の自画像は、ほっぺたがピンク色に描かれ、どう見ても50代。
3年前まで、絵を描いたことがまったくなかったという。習ったり批判されたりしたことがないせいで、発想がとらわれずにのびのびしているのだろう。絵の面白さを知った幼稚園児が、お絵かきちょうに、つぎつぎ描いてやまないように、この方も嬉々と描いて筆がとまることがない。内にもっておられた創造性の水源から、いっきに奔流がほとばしり出ている。
旧制一高受験のとき学科試験には合格しながら、身体検査で当時は死病と恐れられた重症肺結核が見つかり、不合格になったという。しかし、中村天風師の指導のもと、心身修養により完治させたのだそうだ。翌年入学され、一高ラグビー部で大活躍されたという。また哲学や倫理学にも夢中になられたそうだ。一高を終えると滝さんは、哲学をもっと学びたいと、東大ではなく京大の哲学科に入学。しかしご父君の反対にあい、そこを一年で退学して東大法学部に入られたそうだ。この青春の迂回が、たいへんな結果をもたらした。入退学の間に空白期間があったため兵役猶予の対象からはずされて、召集されることとなったのだ。
終戦まで3年半、中国戦線で一切の人間的感情を奪われた地獄を経験され、九死に一生を得られたという。
その壮絶な行路からも、死地をかいくぐられる生命力の稀有の靭さがうかがえる。そして東大に復学されるや、まったくそれまでと異なった環境で勉学に邁進され、一年後に卒業されたという柔軟さも信じられないものだ。愛する奥様を亡くされた後、絵により虚脱から復活されたという今の生きかたからも、無限にあふれる生命力が感じられる。
高齢になると人は、一般に発想は硬化し、意欲は衰え、感性が鈍り、喜びが乏しくなって鬱っぽくなりがちだ。それを思うと、この方ののびやかな、自由自在の発想、とどまるところを知らない創作意欲、日常の小さいことにも反応される豊かな感性、喜びや楽しさがあふれるような作品が、どんなにすごいものか、改めて思う。
いや、高齢どころか、そこにいた学生たちのだれよりも、この方はお元気でエネルギーにあふれていらした。 学生も私も、すばらしいエネルギーに浴させていただき、心から感謝しております。
水のしたたるような鮮やかな作品だった。感性のみずみずしさ、濡れ濡れとした絵のタッチ、泉のように湧き出る創造性、この方の生きかたと作品には、本質的に「水」を感じる。日本では「枯れる」を良しとする美学があるが、この方はまったく枯れておられない。「水」と「枯れる」は、身体にとってなんなのか、エロスとの関連・・・、考えていきたい。
2008年8月12日付記:滝さんのご経歴などについて、2008年5月21日版の本コラムには誤りがあり、滝さんから、お手紙でご指摘をいただきました。申し訳ありませんでした。本日訂正いたしました。
滝さんが書いてくださったお手紙は、単著にできるくらいの分量があり、執筆のエネルギーに改めて頭が下がります。また絵も目下300枚目を描かれたそうで、感嘆するよりありません。2009年5月には個展を開かれるとか。ますますのご活躍を心より願っております。
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