SALSAの現代性
- [ Post Date ]
- 2008/05/15
- [ Category ]
- 社会
5月15日(木)
ラテンペアダンスのダンススクールを主宰されている先生が、江戸川大学にも教えに来てくださっていて、今日もその授業があった。ラテン系の明るさとユーモアいっぱいの授業で、30~40人の男女学生たちは心底楽しそう。先生の巧みなアドリブで笑いがたえず、バスケ部の部員達などリズム感のよい合いの手をいれてくれたり、どんどん身体もはずんできた。
若い人たちが大人の男、女になるのに、とくに異性との身体コミュニケーションを楽しむ、ラテンペアダンスはかけがえのない価値があると思う。
また、私自身、これに出会って深いところで変わることができた。
SALSAなどのラテンペアダンスと、日本ではより愛好者の多い「社交ダンス」とは、似ているようでいて、踊る人たちの関係性が実は大きく違う。
社交ダンスは、その名称と実質は異なるのだが、同じ教室内などでペアを組んだら、もっぱらそのペアの相手と練習をし、振り付けも決めてしまう。
一方、より時代的に新しい、SALSAなどのラテンペアダンスは、その場で出会った相手と即興でコラボをすることに本質がある。レッスンでも、同じステップをどんどん相手を替えて練習していく。パーティでは、音楽を感じ、相手を感じ、一期一会に自分の身体と感性のすべてを懸ける。つぎに何が起こるかわからないドキドキ感。相手の男性が思いがけないリードをしたりすると、内心キャーっと歓声をあげてしまうくらいおもしろい。一曲踊るだけで、相手の方の人柄も本当によく伝わってくる。基本さえ覚えれば、いろいろな人と、いくらでも身体で遊べるとは、なんて嬉しいことだろう。
どんな方とでも最高のコラボができるように、というのが私のこころざし。
社交ダンスは、近代的ロマンティックラブの男女関係のようなもので、ラテンペアダンスは、ポストモダンの流動的な男女関係のようだと思う。
私の体質は、もともと、なにごとにも凝縮しやすいところがある。そのため、すべてのものが高速度に流動していく時代に、身体が不適応をおこしがちだった。「情報化時代の身体」という自分の研究テーマも、時代への身体的違和感がもとになっている。
でも、SALSAの気持ちのよい流動性に出会って、私は男女の、つかのまの出会いをしながら、互いを大事にしあうという関係が可能だと知ることができた。
女としての身体も、そのおかげで根本から元気になったし、時代への違和感がなくなって、今に生きることがとても楽になった。現代だからこそ可能な、心地よい流動性を、存分に味わいたいと思う。
世界中のいろいろな素敵なひとたちと踊りたいな!
そう思うだけでわくわくしてくる。
- [ Post Date ]
- 2008/05/15
- [ Category ]
- 社会
- [ Trackback ]
- http://www.typepad.jp/t/trackback/308495/12593238
