『女装と日本人』三橋順子著
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- 2008/11/09
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- 読書ノート
女装家であり優秀な歴史家である三橋順子さんが、日本における女装の歴史と、御自身の個人史の双方を、綿密な考証、豊富な体験にもとづいて書き上げた、大作。
私が日本のジェンダーやセクシュアリティ、芸能などについて、これまで抱いていた疑問のいくつもが、三橋さんのこの研究のおかげで氷解していった。
「世界中にいわゆる「グレートマザー」の女神信仰があるのに、日本ではそれがはっきりとした形では存在しないのは、なぜだろう?」
「ヨーロッパやアメリカ合衆国では、トップレスなどのエロティックなショーが好まれ、そういうショーを見ながら大人がお酒を楽しむ場所も発達しているのに、日本ではそれがないのはなぜだろう?」
「日本では、ニューハーフショーが意外に一般うけしていて、はとバスツアーにも組み込まれているのにはどういう仕組みがあるのだろう?」
「プロの能楽師に女性がなろうとすると、なぜ、かなり激しい抵抗にあって、排除されがちなのだろう?」
「女歌舞伎、宝塚の男組などは、なぜ衰退しやすかったのだろう?」・・・
日本では、建国神話でヤマトタケルが女装をし、弥生時代の女装の巫人の人骨が見つかるなど、古来、女装、そして異性装が絶えることなく尊重されてきた。(性転換の方法は、近代まで異性装しかなかったから)異性装=トランスジェンダーは、両方の性を越境し、あわせもつ特殊なパワーの源泉とされてきたのだ。三橋さんはこれを「双性原理」と名づける。これまで多くの歴史家がこれを直視することを無意識に排除してきたため、三橋さんの挙げる数多くの歴史的事象は、見逃されてきた。たとえばたくさんの絵巻物に、髪の長い髭をはやした人物、僧侶によりそう花柄の着物の子達などが描かれているのだが、そこにクリアに焦点をあわせた指摘は私は初めて見た。ともかく、異性装文化は、日本では歴史を通じて普通のものであり、日本人のジェンダーやセクシュアリティの重要な一部をつねになしてきたのだとわかる。
歌舞伎は「本来男装と女装を組み合わせた異性装の芸能だったのです。」と言われて腑に落ちた。私の感覚でもどこか、女性が女性を演じ、男性が男性を演じるのは、ストレートで工夫が無く、面白みに欠ける感じがする。異性装をしてこそ、もうひとひねりが加わって妖しい魅力も生まれると理屈ぬきに感じる。それは、阿国の男装を絶賛し、女形に熱い視線をそそいできた、日本人の長い伝統をうけついだ感性なのだと自覚した。
それにしても、江戸時代の人々の異性装好みはすごい。「三美人」などに、純女と女装者が当然のように並んだりする。男性と女装者の結婚もあった。
本書終章にある、「女装文化の普遍性」によると、世界のいたる処にこの文化は成立しているという。西洋近代、イスラム教、儒教、共産主義などの弾圧にさらされながら生き延びてきているらしいが、男女を単純に二分しようとする文化と、男女のトランスに意味を見出す文化が対立してきたということである。前者がより普遍主義的で、政治的パワーをともなうところが、なぜなのかと興味深い。ともかく、日本でも、明治の近代化にともない、性別二元原理が双性原理を法的、医学的、社会的に抑圧していくが、社会の基層では、女装文化は形をかえつつ生き続ける。
女装世界の現代史とからめて語られる、順子さんの個人史にもまた、多大な興味をひかれた。
私は順子さんと、江戸川大学に講演にお呼びしていらい、交流をさせていただいているが、その明晰な知性と、エンターテイメント力、世の中の思い込みにびくともせず軽がるそれをのりこえる柔軟さと靭さとに、いつも尊敬をいだいてきた。その柔軟さと靭さを、どのように養ってこられたか、ずっと知りたいと思っていた。
隠しだてのない個人史は、たいへんな精神的、社会的苦労を経て、順子さんが誕生したことを語ってくれる。もう限界、というところまでいって、そこで跳躍することで別次元の生に至れた体験だったようだ。そして、その新しい次元の楽しいこと、幸せなこと。彼女の35歳からの、青春の記録は、読む側も楽しくなってくる。ちりばめられたひとつひとつのエピソードが、順子さんにはどんなにいとおしいものだろう。順子さんは、性的にも随分さばけていると思うが、女としての性を余すところ無く味わい尽くそうという情熱が、そうさせているのだろう。女として性体験をもつことで、順子さんのいのちの炎はどんなに燃え上がってきただろう。
順子さんはたいへん幸運な人だ。歴史研究をすればするほど、自分の仲間を過去に見出し、生きる力をもらえただろうし、また、歴史研究の方は女装者による新たな視点を得て、格段と進展しえた。女装と歴史研究とが、運命の力により、順子さんにおいて出会った。その出会いの渦に身をさらすことによって、私たちみながまた、より柔軟に靭くなれるだろう。
三橋順子『女装と日本人』講談社現代新書 2008年
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