自己表現
- [ Post Date ]
- 2009/05/30
- [ Category ]
- 日々のこと
5月29日(金)
大学近隣にお住まいの92歳の男性で、ゼミの学生達や私が交流をさせていただいている方が、絵の個展を開かれた。放課後に学生13人といっしょに、拝見に行った。
このコラム欄で、2008年5月21日に「枯れない生きかた」の題で書かせていただいた方だ。
「個展 米寿からの生きがい」
会場のギャラリーは、鮮やかな緑、赤、赤紫などを多用した、みずみずしい絵であふれている。満開の輝く花畑のようだ。
この方は、ひっきりなしの来客に、休む間もなく、立ったまま楽しそうにお話を交わしておられる。私達の来訪も、楽しみにしてくださっていた。
テレビや新聞の取材も多いという。(その一部、東京新聞、毎日新聞のネット版を)
「美女その1」から「美女その4」という4枚の作品。芯の強そうな成熟した女性達の、まるで、ものを言いそうな生きた表情だ。女性にたいして、どんなに尽きない関心や魅力を感じておられるか感じられる。会場に飾りきれない、別の「美女画」も、画帳から見せていただいた。「この女性は、ほんとうに僕は美人だと思うんだけど、この頬から首のあたり、このあたりを描くのに工夫をしました。」と言われる。なんて素敵な92歳だろう!
白黒の報道写真やスポーツ記事の写真をもとに、想像をふくらませて、鮮やかなカラーの絵を描いたものも多く、一瞬の表情や身体の動きに、人物の心情があふれ出ている。四川大地震で、家族がまだ埋まっている現場から、保護のために引き離されていく女性の、くしゃくしゃに泣き叫ぶ表情。福田さんの顔を横からのぞき見る麻生さん。男女のペアダンスでセクシーなポーズを決めた一瞬。・・・長い人生体験で、喜怒哀楽やさまざまな思いを、そのときどきに心いっぱいに味わってこられた方ならではの絵だと思った。報道の当事者の心情にさっと寄り添い、当事者の人生におのずと思いを馳せる、そこにこの方の豊かな人間的な共感力を感じた。
喜怒哀楽やさまざまの思いと、絵という表現の手段が幸せな出会いをし、その表現が他の人の思いを動かし、人と人の新しい出会いができている。日常生活にある、奇跡だ。
学生達とともに拝見したので気になった。学生それぞれは、この表現から何を吸収したかな?
そのあと、大学にもどって学生と「誕生パーティ」を開催。久しぶりに卒論や就活以外のこともゆっくりと話せた。
私にとっては、学生達の表現に、いろいろな個性の発揮あり、限界もあり、葛藤もあると感じたパーティだった。
私のゼミ生は、性的な冗談をいうとき、下品になるのが困ったことだ。そういう表現を、上手にできるすべも身につけましょうね。
ある男子学生は、怒りにかられたとき、よく街路の自動販売機を思い切り蹴って鬱憤晴らしをし、いくつ自販機を破壊したかわからないという。また、カラオケで何十本もビールを部屋中に噴出させたりし、暴れているという学生もいる。初めて聞いた話で驚いた。こういう抑制のきかない衝動は、身体的未成熟も原因なのだろう。よく身体を整えて育てていかなくては。
自己表現をどのようにしていいかわからないせいか、また表現したい内容が、最近のサブカルチャーの細分化のため共通の話題にならないせいか、黙ってしまっている人もいる。
そんななか、他の学生とは、次元の違う表現をする人がいた。その学生は、正負複雑な感情を抱いたらしい相手にたいし、その複雑な感情をすっかり昇華して、「誕生日の花を贈る」という美しい行為にしたのだった。それはこの日のサプライズだった。
生の無尽ないろどりを、絵に描くこともできる。
複雑な感情の衝動にまかせ、自動販売機を蹴って壊すことも人はできる。
複雑な感情を、誕生日の花を贈るという行為に昇華することもできる。
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- 2009/05/30
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