おなかの赤ちゃんへの愉氣

[ Post Date ]
2009/09/20
[ Category ]
身体・性・舞踊

おなかの中にいるときに、毎日愉氣をしてもらって生まれた、という赤ちゃんたちに会うと、その輝きに圧倒される。生き生きして、ぴかぴかして、本当にまわり中の人の気を集める力がある。
そして、そういう赤ちゃんに恵まれた家族も、みんな何か、この世のものでない宝を贈られたような、感動と至福で輝いたお顔をしている。
普通の家族が、「聖母子像」「聖家族像」のように見えてしまう。

でもこういう姿は、今とても稀だ。
子育て不安のお母さんが多いのは、初めての子育てを孤立して奮闘する状況のせいもあるが、それとは違う次元の要因もある。
赤ちゃんの生きが悪く、輝きがにぶい。どよんとして、反応が乏しく、目の力が弱い。
お母さんが「自分の子どもがかわいく思えない」という声をよく聞くようになったけれど、悪いけれど「たしかになあ」と思えてしまう赤ちゃんもいるのだ。

野性の鳥でも、5個か6個か卵を産んで、孵った雛のうち、勢いのない弱い雛は、巣から落として決して拾わない。そういう雛は、人間が可哀相がって拾って育ててもだいたい育たないのだ。親鳥は、「こんな弱い子は育てたくない」と本能的に判断して、捨てているのだろう。
今のお母さんたちの「かわいく思えない」という気持ちには、動物的な直観力の衰えというより、親鳥に通じる動物的な感覚からくるものも、あるのかもしれない。

男女の生殖細胞の力が弱まり、母胎の生命力が弱まり、人工的な分娩で生まれて人工乳で育てば、赤ちゃんの生命の輝きは乏しくなるのではないだろうか。
そんなどんよりした赤ちゃんをまわりに見ると、若い人たちも「自分も赤ちゃんがほしい」とは、なかなか思いにくいだろう。「虐待しそうだから、子どもはいらない。」「子育ては大変そうだから、私には無理。」とネガティブな考えばかりが、若い人に広まっている。
若い人は、たとえば酷い生理痛のような機能不全のために男や女としての自分をなかなか受け入れられない人も多いので、男や女としての身体も、もっと育ててほしいのだけれど。

愉氣は、小さい子ほど効果があるし、子どもより赤ちゃん、赤ちゃんより胎児に、より効果が絶大だ。
おなかの中にいるときから愉氣をしてあげることで、ぴかぴかの元気な赤ちゃん、無言でいのちの尊厳を主張するような赤ちゃんを産むならば、お母さんは「私の身体って、どうしてこんなすごいことができるんだろう!」と、謙虚な自信に満たされるだろう。
大人たちもみな祝福されて、この世のものでない慶びの次元を味わうことができる。
それは社会の希望にとって、根本的に大事だと思う。

妊娠したら、毎日ただじっと手をあてて、念を送るのではなく、おなかの赤ちゃんに集中する。
逆子のばあい、手をあてて「さかさまだよ」と言うと、ぐるぐる回って正常になったという人もたくさんいる。
妊娠中に愉氣すると、何も言葉をかわさなくても、ふっと人の気持ちがわかる子が生まれる。

これは社会の希望のための具体的で効果的な方法だ。

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2009/09/20
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