暮れと新年の死と再生

[ Post Date ]
2011/12/26
[ Category ]
社会

産経新聞「からだ こころ いのち―再生の時代―」
12月第4回「暮れと新年の死と再生」
                                  

 あわただしい師走の街に門松が飾られ、いよいよ年の暮となった。誰もが、殊の外大変だったこの一年を振り返り、離別や出会いを胸に刻んでいることだろう。一年の汚れや不要物を捨てて、さっぱりとお正月を迎えようと、大掃除に励む方も多いだろう。あと数日で迎える新年。被災地でまだ痛々しい破壊の痕に昇る初日は、それでも希望を与えてくれるに違いない。喪失感に区切りをつけ、前に進もうと何となく思えるのもお正月の効用だ。考えてみれば、こうして人が揃って節目を迎え、気持ちを新たにできるのは、たいへん貴重なことだ。年末年始の行事をもつのは人間の智恵ともいえ、またいのちがどこかでそれを要求しているのだと思う。


 新年は、元は北半球の多くの地で、最も昼が短くなる冬至の次の日とされて、衰えた太陽が力を取り戻すことが祝われてきた。太陽の死と再生と見る文化も多い。初日の出を私達が尊重し拝むのも、太陽神の再誕を祝う、広く共有された発想だ。「明けましておめでとう」という言葉も、改めて考えると面白い。他の機会に私達が言う「おめでとう」とは異なって、人間が何の成功も達成もしたわけでないのに、祝福の言葉を交わす。弱っていた太陽が再生するのは、人事を超えた根本的な次元で喜ばしいことなのだ。太陽の再生は、ではどのように起きるかを尋ねると、太陽の周りを地球が回転すること、しかも天体間の相互作用のために地軸が傾いた形になって回転していることに行きつく。私達一人一人のそれぞれ違った生活に、具体的な希望や喜びをもたらしてくれるのは、こんなにも壮大な宇宙的ないとなみなのだ。


 人は、宇宙に生かされながら、そのいとなみを独特の仕方で捉えている。地球の回転は、延々と連続しているのに、人は歳末と新年を区切り、まったく新しい日が訪れると考えるし、その不連続と刷新に、死と再生の象徴を用いている。 


 これは人のいのちが求めていることだと思う。いのちはつねに滞りなく新たになり、古いものを捨てようとする。身心は絶え間ない新陳代謝、まさに刻々の死と再生をしようとする。だが、私達はいのちの働きに反して停滞も起こしがちだ。古い細胞や老廃物をかかえ、否定的な感情や過去へのこだわりをひきずり、獲得した地位財産や信念に執着してしまう。古い自分に死に、もっと溌剌と生きられるように、人は共に刷新する時を求めるのだろう。
 
 年末年始の節目を大事にして、ぴかぴかの新年をお迎えください。

産経新聞 2011年12月26日(月)夕刊文化欄

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2011/12/26
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社会