<?xml version="1.0" encoding="UTF-8"?>
<feed xmlns="http://www.w3.org/2005/Atom">
    <title>column</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.hirayama-body.com/column/" />
    <link rel="self" type="application/atom+xml" href="http://www.hirayama-body.com/column/atom.xml" />
    <id>tag:www.hirayama-body.com,2011-04-12:/column//2</id>
    <updated>2012-05-14T14:30:32Z</updated>
    
    <generator uri="http://www.sixapart.com/movabletype/">Movable Type Pro 4.261</generator>

<entry>
    <title>もう一つのセックスレス</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.hirayama-body.com/column/2012/05-14_505.shtml" />
    <id>tag:www.hirayama-body.com,2012:/column//2.505</id>

    <published>2012-05-14T14:28:33Z</published>
    <updated>2012-05-14T14:30:32Z</updated>

    <summary>『産経新聞』「からだ　こころ　いのち　―再生の時代」２０１２年５月第２回「もう一...</summary>
    <author>
        <name>平山 満紀</name>
        <uri>http://www.hirayama-body.com</uri>
    </author>
    
        <category term="身体・性・舞踊" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.hirayama-body.com/column/">
        <![CDATA[<p>『産経新聞』「からだ　こころ　いのち　―再生の時代」<br />２０１２年５月第２回「もう一つのセックスレス」<br />　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<br />　日本人のセックスレスについて本欄で何回か取り上げている。セックスレスとはパートナーがいる人についての語だが、現代増えている、パートナーを作れずに性関係と無縁でいる人の状況も社会で議論するべきだ。</p>
<p><br />　日本では１９７０年代後半から未婚化が始まり、それと裏表で結婚を前提としない性関係への許容度が高まっていった。結婚も、性関係も、社会で決められたパターンで行うべき制度ではなくなり、個人の自由に任されるようになってきた。だが自由を担うのは簡単ではない。結婚も、性関係も、本心では望むのに得られない人達が多く現れている。現在３０代前半の未婚率は男性４７％、女性３５％程で、男女ともその約７割の人は性体験がある。すると３０代前半で性体験のない人は男性１５％弱、女性約１０％と推計され、制度の中で性関係が持てた時代より男女とも多い。その状態を望んでいない当人も多いだろう。</p>
<p><br />　未婚者の性体験率は、男性の方が長らく高かったが８０年代以降男女差が縮まり、ここ１０年ほどは、１０代では男性よりも女性のほうが体験率が高くなっている。こんな状況では男性は、体験豊富な女性から、もしうまくできないと軽蔑されるのでは、他の男性と比較されるのではと、心配は小さくないようだ。それもあって女性を遠ざけているうちに年齢が上がり、年齢に相応しくなくてはと思うと女性へのハードルもさらに高くなる悪循環。未婚の女性達は、こういう男性が設定した高いハードルのために近づいてもらえなくもなる。</p>
<p><br />　日本同様に性解放の波を受けた欧米社会の多くでは、男女は１０代からパートナーを求めて積極的に活動し、事実婚と性関係の自由を生かしている。欧米では一方１０代の妊娠が増え、それへの社会的サポートの充実が課題だ。性解放の後の展開が違った日本では、社会的サポートも、男女を性的に大人に育てるための別種のものが必要ではないだろうか。</p>
<p><br />　結婚外の性関係がかなり許容されていた前近代日本では、若者は地域の大人達の念入りな手ほどきをうけて、性行動に習熟していった。地方や階層の習わしで、親が信頼できる人物に頼んで、年頃の子の初体験の相手をしてもらうとか、出戻り女性の元に公認で若い男性達が教わりに行くとかの体験的教育があった。</p>
<p><br />　現代に相応しい社会的サポートの形は、性被害などを防ぐよう慎重に検討されなければならないが、まずは若者を性的に育てることに社会が真剣になる必要があると思う。</p>
<p>２０１２年５月１４日（月）産経新聞夕刊（大阪本社版）文化欄掲載</p>
<p><br />&nbsp;</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>脚と生殖機能</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.hirayama-body.com/column/2012/05-07_504.shtml" />
    <id>tag:www.hirayama-body.com,2012:/column//2.504</id>

    <published>2012-05-07T00:59:47Z</published>
    <updated>2012-05-08T01:01:07Z</updated>

    <summary>『産経新聞』「からだ　こころ　いのち―再生の時代」２０１２年５月第１回「脚と生殖...</summary>
    <author>
        <name>平山 満紀</name>
        <uri>http://www.hirayama-body.com</uri>
    </author>
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.hirayama-body.com/column/">
        <![CDATA[<p>『産経新聞』「からだ　こころ　いのち―再生の時代」<br />２０１２年５月第１回「脚と生殖機能」<br />　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<br />　若い人達がのそのそ、のろのろ歩くようになったと感じることが多い。颯爽と大股で歩いている人が少ない。老化は脚から来ると言い、膝が曲がったままでしゃっきり伸びないと、その姿勢だけからも老いは感じられるだろう。足腰の弾力がなくなると歩幅が短くなるが、若いうちからそれが起きていると言える。</p>
<p><br />　この足腰の弾力に関係が強いのは、足の親指の付け根、足首、膝、脚の付け根、５つの腰椎という、互いに連動しあう部位だ。そしてこれらの部位はみな、生殖能力にも大きく関係している。</p>
<p><br />　女性の美しさの条件のように言われる、足首が締まっている状態は、生殖機能が整うことと連動しており、足首がずどんと太いいわゆる「象足」は、生殖機能がよくないのを反映している。性病に膝などの関節炎をともなうものもある。生理痛に悩む女性に、膝が冷え切った人が多い。男女とも更年期に膝の痛みがよく現れる。</p>
<p><br />　耳下腺炎（おたふくかぜ）の後遺症で睾丸炎や卵巣炎または難聴になることがある。耳下腺炎では生殖腺や膝、足首も連動して腫れている。身体を冷やしたり、熱が下がった時に遊んでジャンプしたりし、腫れている膝や足首に負担をかけるとこの後遺症を起こすと、野口整体では注意を促している。大事にして耳下腺炎を通過すれば、生殖腺も却って成長が促され、生殖機能の高い大人になるともいう。ここからも生殖機能と膝、足首の密接な関係がわかる。最初に述べた現代の若い人の歩き方と、性的関心や性行動が鈍る草食化とも、関連があると言える。</p>
<p><br />　年齢を問わず足腰の弾力を取り戻すことはでき、それを通じて生殖機能を高めることも可能だ。ここでは一番取り組みやすい、膝の調整をご紹介したい。弾力を失った膝は冷え、膝の裏の筋が硬直している。それに対し、膝を膝蓋骨の左右にも触れて包むようにして手を当て、当てた手から息を吐くようにしてじっと集注する。また、うつぶせになって膝の裏を人に押さえてもらい、痛む硬直を見つけたら、やはりじっと手や指を当てて集注してもらうと硬直が緩む。生理不順、膝の痛みなど、役立つ方は多いだろう。</p>
<p><br />　中学に入学した男の子が運動部に入ったというので、怪我のないようにと脚の調整をしてあげたことがあった。膝に手当てし、次にうつぶせで膝の裏の硬直を取ったところ、この子の股間に変動が起きてしまった。膝と生殖器がそこまで連動するとは私も予想外で、驚くやら気まずいやら。皆さまもご注意下さい。</p>
<p>『産経新聞』２０１２年５月７日（月）夕刊（大阪本社版）文化欄掲載<br /></p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>日本人の国民病？セックスレスからの出口は</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.hirayama-body.com/column/2012/05-06_503.shtml" />
    <id>tag:www.hirayama-body.com,2012:/column//2.503</id>

    <published>2012-05-06T00:26:16Z</published>
    <updated>2012-05-06T00:28:20Z</updated>

    <summary>ＭＳＮコラム　「日本の国民病？セックスレスからの出口は」　　　　　　　　　　　　...</summary>
    <author>
        <name>平山 満紀</name>
        <uri>http://www.hirayama-body.com</uri>
    </author>
    
        <category term="身体・性・舞踊" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.hirayama-body.com/column/">
        <![CDATA[<p>ＭＳＮコラム　<br />「日本の国民病？セックスレスからの出口は」<br />　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<br />　中国の性養生では、男は火の性(しょう)、女は水の性という。男性は刺激があるとすぐに興奮して火のように燃え上がる一方、女性は水が温まるようにゆっくり興奮が高まり、男性は射精すると火が消えたように冷めるが、女性はお湯がなかなかさめないのと同様興奮が続く。こういう異なる性的特性をもった男女がコミュニケーションするところに、セックスの難しさも妙味もあると思う。男女が研究すべき点もここに多くあるだろう。</p>
<p><br />　初め冷たい女性の身体を温めるのは、男性の愛撫や言葉などのはたらきかけだろう。女性の反応を十分見ながら男性は、女性の感性に添うようにそれをすべきだろうが、この大事なことを男性達はどのくらいできているだろうか？</p>
<p><br />　日本人の大人のコミュニケーションは一般に、身体接触が少なく、特に男性ではきわめて少ない。日本では子供同士や、大人と赤ん坊、子供で身体接触は多く、撫でたりあやしたり遊んだり、親愛のコミュニケーションをふんだんにするが、現代は少子化でその場面も減っている。日常ほとんどできない身体接触をセックスでだけ突然おこなって、相手を心地よくできるのだろうか？</p>
<p><br />　ヨーロッパでは街なかでカップルが身体を寄せ合ったりし、四六時中身体接触をしている国が多いのはご存じの通りだ。フランスで中年カップルが並んで食事をするのを見たのだが、男性が女性の身体のいたるところを巧みに撫でたりくすぐったり、何回もキスしたりしているので、ここでは食事も前戯になるのだと知らされた。男性達はこういう社会では愛撫に熟達できる。</p>
<p><br />　身体接触のコミュニケーションが日常生活に少ない日本では、愛撫で現実に女性の身体を温めるのはなかなか難しいのではないか。男性の愛撫が不快だったり、不十分で温まっていないのに挿入を求められて苦痛なため、セックスを拒む女性達が現れるのではないだろうか。男性がアダルトビデオやグラビアで容易に、愛撫の労をせずに温まった状態の女性の姿態を見られることも、コミュニケーションの感覚を狂わせると思う。</p>
<p><br />　さらに近年では、子供達もじゃれあって遊ぶことが少なくなり、身体接触の体験はますます減った。すると大人になっても、身体接触自体に抵抗を感じてしまい、セックスそのものに背を向けることになりがちだと思う。</p>
<p><br />　電車の中で高校生のカップルがいちゃついているのを見たりすると、私はほっとする。子供達ももっとくちゃくちゃになって身体遊びをするのがいいだろう。大人も許される関係ならできるだけ身体接触や愛撫をしていくとよいと思う。男性達が愛撫で女性を温めることに熱心になれば、日本のセックスレスの一部は確実になくなると思う。</p>
<p>２０１２年５月６日　ＭＳＮコラム「からだ　こころ　いのち―再生の時代」掲載<br /></p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>日本人の国民病？　セックスレスを考える</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.hirayama-body.com/column/2012/05-05_501.shtml" />
    <id>tag:www.hirayama-body.com,2012:/column//2.501</id>

    <published>2012-05-04T16:15:38Z</published>
    <updated>2012-05-05T16:17:37Z</updated>

    <summary>ＭＳＮ掲載 「日本の国民病？セックスレスを考える」　　　　　　　　　　　　　　　...</summary>
    <author>
        <name>平山 満紀</name>
        <uri>http://www.hirayama-body.com</uri>
    </author>
    
        <category term="身体・性・舞踊" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.hirayama-body.com/column/">
        <![CDATA[<p>ＭＳＮ掲載</p>
<p>「日本の国民病？セックスレスを考える」<br />　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<br />　日本のセックスレス現象は多くの要因が関連し、ひとつの策ですべて解決できるものではないようだ。しかしひとつひとつの原因に対処していけば、必ず幾分かずつ変わっていくと思う。</p>
<p><br />　セックスレスという言葉がまだなかった高度経済成長の頃、男性がセックスを主導し女性は随うべきという考え方や、女性に植え付けられた性についての罪悪感、羞恥心はとても強かった。夫婦のセックスは愛情表現だという理念は謳われていたが、妻達は拒む主体性を認められていなかったので、妻にとっては義務という意味合いが強かった。当時の夫婦関係を調べていると、妻達のさまざまな奇病や奇癖が見つかる。例えば、新婚の妻が里帰りしたが、具合が悪いと言って夫の元に戻ろうとしないという話。また、夫が夜帰宅してしばらくすると妻が喘息の発作を起こすという例。夫が性的に求めると妻が三つ指をついてお辞儀をするので夫は興ざめしてしまうという話もある。今から見ると、夫を性的に嫌なのに拒めない妻が、意識的無意識的にねじれた表現をしていると推測できる。</p>
<p><br />　女性に性的な主体性を認めない社会は少なくない。アフリカの広い範囲では女性器切除によって女性の感覚を破壊し、多くの社会で女性だけに貞操義務を求めたり活動の制限をするなどだ。これらの社会と比べると、女性が拒むことによるセックスレスが起きるのは、女性の苦痛がなくなっただけ良くなった社会だと言える。</p>
<p><br />　女性が性的に主体となるとは、特に男性にとって対処の難しい状況をもたらす。男性は好きなように自分の欲求を女性に向ければよいのではなくなる。女性が欲求してきたり、男性の欲求を拒むこともありうる。女性の性的快感は非常に多彩で複雑だが、男性はわかりにくい女性の快感のしくみにつきあわなければならなくなる。うまくやれなければ男性は女性から非難され、傷ついて自信をなくす可能性もある。男性は射精すれば欲望はひとまず解消するが、女性は続けることができるので、男性はその欲望に応えきれなくなるかもしれない。...このような状況を招かないために、男性達は女性の性的な主体性を奪ってきたといえる。</p>
<p><br />　そう考えると、男女双方が性的主体になるとは覚悟が必要な、大変なことだ。自分と相手の性を互いに深く知ろうと意欲し、コミュニケーションできなければならない。また女性が主体となることで生じる難しい状況は、女性が男性だけに対処しろとつきつけるものではなく、男女が一緒に引き受けていかなければ対処できないと思う。</p>
<p><br />　先進国に共通の性解放と女性解放の影響もあって、日本では１９７０年代から、行きつ戻りつしながら、女性が性的に主体と認められるようになってきた。女性からは多くの苦痛が除かれることになった。しかし、対処の難しい状況の前で、日本の男女は今、立ちつくしているように見える。</p>
<p><br />　他の先進国の多くでは性解放の後、男女は性的主体としてほとんど格闘のようにコミュニケーションを重ねている。自分の性的志向や相手に何を求めるか、語り合い確かめ合う。試行錯誤も多いが、充実した関係を求め続けている。日本では主体性が幸せなセックスを追求することでなく、拒むことにしか使われていないのは残念である。まずはこのような、現状理解から出発したい。</p>
<p>ＭＳＮ２０１２年５月５日　掲載<br /></p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>仕事による偏り疲労</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.hirayama-body.com/column/2012/04-23_500.shtml" />
    <id>tag:www.hirayama-body.com,2012:/column//2.500</id>

    <published>2012-04-23T14:40:03Z</published>
    <updated>2012-04-24T14:42:25Z</updated>

    <summary>『産経新聞』「からだ　こころ　いのち―再生の時代」２０１２年４月第４回「仕事によ...</summary>
    <author>
        <name>平山 満紀</name>
        <uri>http://www.hirayama-body.com</uri>
    </author>
    
        <category term="身体・性・舞踊" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.hirayama-body.com/column/">
        <![CDATA[<p>『産経新聞』「からだ　こころ　いのち―再生の時代」<br />２０１２年４月第４回「仕事による偏り疲労」<br />　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<br />　この春新しい仕事についた方、部署が変わった方は、慣れないことが多くて疲れがたまってきたことだろう。同じ仕事を続けている方は、慢性的な疲れを感じるかもしれない。今日は仕事と疲れについて考えてみたい。</p>
<p><br />　近代社会は分業社会なので、仕事は身体の特定の場所を繰り返し使うことが多い。私たちは仕事で全身が疲れるように感じてしまうが、実際には疲れは特定の部位だけにたまって、そこは弾力を失い、硬直したり可動性が小さくなったり鈍ったりしている。こういう「偏り疲労」をとるには、寝て全身を休めるのはうまいやり方ではない。疲れた部分が緩むと痛みだすことがあるので、寝る前よりも痛みがひどくなって覚めたり、また長時間寝て、疲れた部分が緩んだ時には、他の部分は緩みすぎてだるくなって目覚めるなど、質の悪い睡眠になるのだ。今、寝ることで疲れがとれない人が多いが原因のひとつは、疲労の偏りの増大だろう。疲労した特定の部分を、脱力させたり温めたり疲労を分散させたりして緩め、その後に寝れば、深く眠れて疲れがとれやすい。</p>
<p><br />　すると、自分の仕事ではどこに偏り疲労が蓄積しやすいかを、各々つかむのが大事だといえる。最近も本欄で触れたが、現代人の偏り疲労の典型に目の疲労、肝臓の疲労がある。さらに、大量の情報処理による大脳疲労も多い。左脳と右手や右腕、右脳と左手や左腕は関連が強いので、大脳疲労は手や腕のこわばりとしても表れる。手首の動きが悪くなり、前腕の内側にがちがちの硬直ができたりする。手首は前後方向には動きやすく、動きが悪くなるのは左右方向なので、手首を掌を上にした形で左右に軽く早く振ると、動きがよくなって頭もすっきりするだろう。両手を組んで頭の上にぐーーっと伸びをして、その頂点でぱっと脱力すると、腕の硬直が緩みやすい。</p>
<p><br />　偏り疲労は、身体を別の使い方をすることで、分散させてぬくこともできる。立ち仕事で直立の姿勢を保たなければならない人は、身体をひねったり屈伸したりして動かすと、こわばりが解消するだろう。大脳疲労のある人は、何も考えずに走ったり踊ったり夢中で身体を動かすと生気が蘇るだろう。</p>
<p><br />　偏り疲労をためたまま年齢を重ねると、弾力を失った老いた部分と若い部分の差が激しくなっていく。大往生とは、偏りなくすべての部分を使い尽くして亡くなる姿ではないだろうか。偏り疲労の部位のこわばりを緩めた後の、深く安らかな睡眠はそれに通じると思う。</p>
<p>『産経新聞』２０１２年４月２３日夕刊（大阪本社版）文化欄掲載<br /></p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>肝臓の疲弊をやわらげて</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.hirayama-body.com/column/2012/04-16_499.shtml" />
    <id>tag:www.hirayama-body.com,2012:/column//2.499</id>

    <published>2012-04-16T14:20:12Z</published>
    <updated>2012-04-16T14:23:07Z</updated>

    <summary>産経新聞「からだ　こころ　いのち　―再生の時代」４月第３回「肝臓の疲弊をやわらげ...</summary>
    <author>
        <name>平山 満紀</name>
        <uri>http://www.hirayama-body.com</uri>
    </author>
    
        <category term="身体・性・舞踊" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.hirayama-body.com/column/">
        <![CDATA[<p>産経新聞「からだ　こころ　いのち　―再生の時代」<br />４月第３回「肝臓の疲弊をやわらげて」<br />　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<br />　肝臓は数え上げると５００以上という、驚くほかない多彩な機能を担っている、まさにキモ。現代、その重要な臓器がへとへとの人が増えていることについて、先週に続き考えてみたい。</p>
<p><br />　肝臓は、私達が食べものから取り入れたさまざまな種類の栄養素を、それぞれ活用しやすい形に分解し、合成し、貯蔵する、多様な働きをしている。小腸から吸収された栄養分が運ばれてここで加工されるので、肝臓はよく化学工場にたとえられる。また、脂肪の消化吸収に必要な胆汁を作るのも肝臓だ。胆汁の原料は、使用済みヘモグロビンとかコレステロールなどで、肝臓は体内のこういう不要物質を、必要な別の物質に作り変えて、上手に排出している。食べものには、農薬や添加物のような人工の毒素や、また天然の毒素も含まれているので、その毒素を分解するのも肝臓の仕事だ。</p>
<p><br />　こうみると、肝臓は消化器の元締めといっていい。現代の、特に男性に多い食べ過ぎ飲み過ぎは、元締めの肝臓への負担を増やし続けていることを、改めて自覚したいと思う。</p>
<p><br />　肝機能を悪くして、目がしょぼしょぼしたり視力が低下した、また瞳孔の反応が鈍って光がまぶしくなった、という方がおられると思う。目と肝臓はつながりが強いと野口整体でも見ている。ここから逆に、目の疲労のために肝臓が疲労することも理解できるだろう。IT時代の目の酷使は、目だけの疲労で終わらず身体にさまざまな影響を及ぼしているが、そのひとつが肝臓の疲労だと知っていただきたいと思う。目の疲労には、熱々のおしぼりを目に乗せると、本当に緊張がとけて効果がある。これは肝臓を守るにもいいのだ。</p>
<p><br />　肝臓が疲労すると、肝臓に関わりの強い右側の肩が凝って、見た目も右肩が上がる。肝臓の疲労を取る方法として、先週書いた、右のわき腹をつかんでしごき、緩める方法のほか、右足のツボもお伝えしたい。ひとつは右足小指で、そのつけ根を手の指でいろいろな角度から触れていくと、ぶよぶよして腫れた部分や、ひどく痛むところが見つかる方が多いと思う。一番痛む角度とポイントを見つけたら、そこにじいっと指をあてたまま集中する。もうひとつは右足親指だ。その爪の生え際の左右を手指でつまんで、それも角度と場所をピンポイントで見つけるとかなり痛い人が多いだろうが、じいっとつまんだ所に集中する。</p>
<p><br />　人工肝臓は絶対に作れないというほど、肝臓は精妙な臓器。宝物だから一生大事にしようと肝に銘じたいですね。</p>
<p>『産経新聞』２０１２年４月１６日夕刊（大阪本社版）文化欄掲載<br /></p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>現代人の肝臓の疲労</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.hirayama-body.com/column/2012/04-09_498.shtml" />
    <id>tag:www.hirayama-body.com,2012:/column//2.498</id>

    <published>2012-04-09T14:16:14Z</published>
    <updated>2012-04-16T14:18:21Z</updated>

    <summary>産経新聞「からだ　こころ　いのち　―再生の時代」４月第２回「現代人の肝臓の疲労」...</summary>
    <author>
        <name>平山 満紀</name>
        <uri>http://www.hirayama-body.com</uri>
    </author>
    
        <category term="身体・性・舞踊" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.hirayama-body.com/column/">
        <![CDATA[<p>産経新聞「からだ　こころ　いのち　―再生の時代」<br />４月第２回「現代人の肝臓の疲労」<br />　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<br />　お花見と歓迎会のシーズン、数日前電車に乗ったら、すべての車内広告が大手ビールメーカー数社のもので、ビールの季節の到来！と印象づけられた。でもよく見ると、健康志向で各社が工夫を競っていて、糖質オフ、ノンアルコールビール、そして、もはやビール系とは別ジャンルの、くつろぐための炭酸飲料まである。従来のビールに対する葛藤が、いろいろな形に展開している。　</p>
<p><br />　お酒好きは今も多いけれど、世代ごとに違った様相でアルコール離れは進んでいる。年配世代は、飲む機会も減ったし、飲めなくなったと言う。中年世代は、飲みたいけれど健康診断でひっかかってなどと言う。一方、若い世代はアルコールをあまり飲みたがらない人が多い。このアルコール離れの、どの世代にも共通する要因に、「肝臓の疲労」があると思う。</p>
<p><br />　人間ドッグの受診者の今や四分の一に肝機能の異常値が出るというし、野口整体でも手の感触で、それこそ手にとるように現代人の肝臓の疲労を捉えている。</p>
<p><br />　肝臓の疲労というと、一昔前はお酒の飲み過ぎとイコールのように言われた。だが、肝臓は体内のすべての毒素の分解を担うので、お酒を飲まなくても多大な負担がありうる。現代、生活環境中に多種多様な化学物質があり、体内に取り込まれる量も増えているだろう。農薬、食品添加物、車の排気ガス、建築や家具の薬品、住まいの薬品、医薬品、化粧品、ボディケア用品...。この１０年間でも、街にドラッグストアが急増し、そこに並ぶ膨大な数の商品―ほとんどすべてが化学薬品だ―を、私達は部屋に撒いたり、身体に吹きかけたり、すりこんだり、舐めたり、あらゆるやり方で身体の近辺で使うようになった。それは呼吸器や消化器や皮膚から吸収される。肝臓の酷使が進んでいる。とてもアルコール分解まで手が回らないという状態なのだろう。</p>
<p><br />　長寿時代に、生涯肝臓に働いてもらえるよう、なるべく自然素材のものを使い、化学薬品を取りこまない工夫は必要だと思う。</p>
<p><br />　肝臓の疲労をとるための、野口整体にあるケア法もとても役立つと思う。肝臓に関連するツボは右半身にあるが、簡単なのが右わき腹だ。ここを右手の五本の指でがしっとつまむと、肝臓が疲労している場合、中に硬直した縦の筋が感じられ、すごく痛い。それを数回指でしごくと、硬直が緩むのがわかるだろう。固まっている肝臓周りを緩めることで、肝臓の働きを促す方法だ。<br />　私などせっせとこれをやってビールを飲むのですが...。</p>
<p>『産経新聞』２０１２年４月９日夕刊（大阪本社版）文化欄掲載</p>
<p>&nbsp;</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>ひとくくりにできない被災者</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.hirayama-body.com/column/2012/04-02_497.shtml" />
    <id>tag:www.hirayama-body.com,2012:/column//2.497</id>

    <published>2012-04-02T13:45:30Z</published>
    <updated>2012-04-04T13:47:24Z</updated>

    <summary>産経新聞「からだ　こころ　いのち―再生の時代」２０１２年４月第１回「ひとくくりに...</summary>
    <author>
        <name>平山 満紀</name>
        <uri>http://www.hirayama-body.com</uri>
    </author>
    
        <category term="社会" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.hirayama-body.com/column/">
        <![CDATA[<p>産経新聞「からだ　こころ　いのち―再生の時代」<br />２０１２年４月第１回「ひとくくりにできない被災者」<br />　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<br />　「今はほんと、百人いれば百通りなんですよ。」<br />　震災から一年たつ岩手県に行ってきた。同じ町で被災した方達でも、語る事柄はじつに多様で、ある方のこの言葉がよい要約になると思う。</p>
<p><br />　多額の借金をして事業を立て直し、仕事に奮闘している方もいれば、違った利害の人達がぶつかって土地利用計画がまとまらないために、仕事の再開ができない人もおり、将来を考えずに、失業保険で暮らす人もいる。数年後、仕事の意欲の高い人は待ち切れずに流出し、生活保護と窃盗ばかり多い町にならないかと心配する声もあった。</p>
<p><br />　復興のために何かしたいという全国の方達から、今も支援物資が届く。多様な方達に対しては、そのことの影響もさまざまだ。仮設住宅で配られると確かに喜ぶ人はいる。でもほとんどの生活物資を地元の商店で扱える今、物の支援はその経営を圧迫もする。また物をもらうことに慣れ、依存心が生まれる人もいるという。善意の行為が人の堕落をもたらすとしたら、皮肉なことだ。</p>
<p><br />　物資を贈るのではないボランティアの人達も、いろいろな形で活動している。仮設住宅で独り暮らししている年配の女性は、しみじみと「本当にたくさんの方に支えてもらって、有り難いです。」と繰り返された。そのお部屋の壁には、ボランティアの方からのお葉書や、一緒に作った手芸作品が飾られていた。他方でもう少し若い世代には、ボランティアで来られると断れないし、してもらうばかりの一方的な関係はもういらない、と言う方もいる。友達や親戚づきあいみたいな、対等な関係ができれば嬉しいし、有料ボランティアという形も場合によってはいいという提案も聞いた。</p>
<p><br />　被災地の子ども達が、復興を担う意欲と能力を育てられるよう、学校現場の負担を増やさない形で手助けをすることは、多様な立場の方達から歓迎されていた。首都圏の大学生達が週末に定期的に通って、子ども達の勉強をみたり、交流をする活動も始まっている。ボランティア活動が、誰に対して何をすることなのか、きめこまかな考慮が必要な段階になっている。</p>
<p><br />　もう「被災者」とひとくくりにできないほど、共通性よりも多様性が、表に出てきた。そして被災者への支援とは、被災した多様な方が、その人なりの持てる力を最大に発揮できるための支援であるべきだろう。私達のどんな絆も、それぞれ違った多様な人との、与え与えられる対等な関係のはずで、被災地の方との絆もそれと変わるところはないのだと思う。</p>
<p>『産経新聞』２０１２年４月２日夕刊（大阪本社版）文化欄掲載<br /></p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>機織りがもたらす癒し</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.hirayama-body.com/column/2012/03-26_496.shtml" />
    <id>tag:www.hirayama-body.com,2012:/column//2.496</id>

    <published>2012-03-26T02:15:34Z</published>
    <updated>2012-03-29T02:17:18Z</updated>

    <summary>産経新聞「からだ　こころ　いのち　―再生の時代」３月第４回「機織りがもたらす癒し...</summary>
    <author>
        <name>平山 満紀</name>
        <uri>http://www.hirayama-body.com</uri>
    </author>
    
        <category term="身体・性・舞踊" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.hirayama-body.com/column/">
        <![CDATA[<p>産経新聞「からだ　こころ　いのち　―再生の時代」<br />３月第４回「機織りがもたらす癒し」<br />　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　</p>
<p>　信州をかつて旅した折、山あいに工房をもち、機織りをなさっている女性と出会った。四季の風や光や草木の精が宿るような織物を、生み出しておられる。しばしのお話で、どうしても機織りがしたくて、東京での仕事を辞めて移ってきたことなどを話され、こう言われた。「もう無我夢中で、憑かれたように織って織って、１日そう１８時間とか。何カ月かそんなこともありました。...それで自分の中の何かが癒されたって感じます。」</p>
<p><br />　その後、心的トラウマに対するＥＭＤＲという療法が、日本で知られるようになった。トラウマを負った人が、その記憶を思い出しながら、治療者が自分の前で指などを上下左右に動かすのを目で追う。このような簡単な運動を中心とした方法で、大きな効果が報告されている。そのしくみはまだよくわかっていないが、眼球運動が脳の、苛酷な体験についての情報の加工を促進させ、トラウマを軽減させると考えられている。ところで私達の睡眠は、夢を見ている時間と、見ていない時間に区別されるが、夢を見ているレム睡眠の間は、眼球が早く細かく動いている。その眼球運動も同じ働きをし、起きている間の体験の不快な面を軽減させていると考える研究もある。</p>
<p><br />　機織りは、横糸を右から左へ、左から右へ、杼で通し、それを追うから目は必然的にＥＭＤＲと同じ眼球運動をする。信州のかの女性がものに憑かれたように機織りした、その時に心身に起きていたことは測り知れないが、何千回、何万回という眼球運動がもたらす変化も、大きかったに違いない。</p>
<p><br />　すべての布が手織だった、自動織機以前の時代には、多くの人が否応なく機に向かった。根気のいる大変な作業ではあったろうが、厳しかった生活環境でのさまざまなトラウマがそれで癒えることは多かっただろう。伝統的な文化には、このように身心を整える要素がふんだんに含まれている。</p>
<p><br />　機織りはまた、色や柄を工夫する楽しさや、自己表現のやり甲斐、誰かの役に立ったり収入が得られる喜びも大きい。ＥＭＤＲと違って純粋な療法ではないから、トラウマが癒えるのに期間がかかるなど効率は悪いかもしれないが、得られるものの価値はひとつの尺度では測れない、大きく豊かなものだと思う。</p>
<p><br />　本当は被災地でも手機を通じた復興ができたらいいと思うのだが、機織りをしなくなって久しい現代人には、多くの場合は難しい。できれば眼球運動を伴い、被災地の方に収入をもたらす製作はあるでしょうか？</p>
<p>『産経新聞』２０１２年３月２６日夕刊（大阪本社版）文化欄掲載<br /></p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>「絆」結び直す時</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.hirayama-body.com/column/2012/03-19_495.shtml" />
    <id>tag:www.hirayama-body.com,2012:/column//2.495</id>

    <published>2012-03-19T13:34:26Z</published>
    <updated>2012-03-21T13:36:24Z</updated>

    <summary>産経新聞「からだ　こころ　いのち　―再生の時代」３月第３週「「絆」結び直す時」　...</summary>
    <author>
        <name>平山 満紀</name>
        <uri>http://www.hirayama-body.com</uri>
    </author>
    
        <category term="社会" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.hirayama-body.com/column/">
        <![CDATA[<p>産経新聞「からだ　こころ　いのち　―再生の時代」<br />３月第３週「「絆」結び直す時」<br />　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　</p>
<p>　３月１１日を真ん中にした８日間、東京駅の地下街で、私が勤める東京の明治大学と、福島の大学が連携して、学生達の企画で復興支援イベントを催した。学生達の復興ボランティア活動の写真展や、被災地の物産の販売、福島の絵ろうそくの絵つけ体験のコーナー。また来場者に小さな色紙にメッセージを書いてもらい、壁面の紙に貼っていくと、最後に大きな「絆」の文字が浮かび上がる。福島からも連日学生達がやってきて、来場者やスタッフの学生達とじかに話を交わし、意義深いことだった。</p>
<p><br />　福島の学生達は、被災直後からボランティア活動に奮闘してきた。大学が避難所になったところではその運営を担って、大きな家族のような心通う共同体を作ったという。子ども達を関西での自然体験に連れて行ったり、仮設住宅で継続的に足湯を施したり、活動はじつに多岐にわたる。子どもや子育て世代を中心とした県外流出が止まらない中で、福島の学生達が郷里の復興のために尽力する真剣さを、目の当たりにした。</p>
<p><br />　「こんなに東京の人達が募金をしてくれたり、声をかけてくれたのを、福島に帰ってみんなに伝えます。」福島の学生達は、東京で会う人達の励ましに感動して口々に言う。それはしかし、福島の産品への忌避や、避難者への偏見が多々あるという、逆の現実にこれまで苦しんできたためでもある。</p>
<p><br />　他県の人達は「福島」と聞くと反射的に、「遠ざけたい」「危ない」と反応していないだろうか。福島の問題から目を背けていないだろうか。そういう人が、他の原発の再稼働を仕方がないと受け入れてしまうとしたら、その発想には明らかに問題がある。他県の人達はまた、福島の人が放射能を含んだ物品を全国に広めているなどと非難し、原発事故問題への批判の矛先を向ける人を間違っていないだろうか。それは政府や東電に、さらなる責任逃れを許すだろう。</p>
<p><br />　福島県内でもさまざまな対立が強まっている。県内で復興のために尽力する人と県外に避難する人。原発立地給付金を受け取ってきた地域とその外の地域。補償金の額の違い。政府や東電はそんな対立を作りだし、かつ利用もするだろう。</p>
<p><br />　人と人の絆がいかに生きる力の元になるかを、私達は震災後身にしみて知った筈だ。偏見や対立を超えていくために、絆をもっと鍛え直す時期だと思う。県外の人が福島の人達にじかに接し、生きた声を聞くのは重要で、また誰もが、偏見や対立の生じる仕組みを冷静に見つめるべきだと思う。</p>
<p>『産経新聞』２０１２年３月１９日夕刊　大阪本社版　文化欄掲載<br /></p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>みぞおちをゆるめて深い呼吸</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.hirayama-body.com/column/2012/03-12_494.shtml" />
    <id>tag:www.hirayama-body.com,2012:/column//2.494</id>

    <published>2012-03-12T13:34:52Z</published>
    <updated>2012-03-14T13:36:40Z</updated>

    <summary>産経新聞「からだ　こころ　いのち　―再生の時代」　　　「みぞおちをゆるめて深い呼...</summary>
    <author>
        <name>平山 満紀</name>
        <uri>http://www.hirayama-body.com</uri>
    </author>
    
        <category term="身体・性・舞踊" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.hirayama-body.com/column/">
        <![CDATA[<p>産経新聞「からだ　こころ　いのち　―再生の時代」<br />　　　「みぞおちをゆるめて深い呼吸」<br />　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<br />　震災一周年、復興はまだまだ遠く、重荷を負ったまま進む方向もわからない方達が、予想以上に多いとわかってきた。復興策にはますます知恵を集めていかなければ。その一方で、疲弊して動けなくなることがないように、本欄ではからだやこころの整え方を、これからもお伝えしていきたい。</p>
<p><br />　何をするにも、呼吸が浅ければ心が乱れ、長期的な視野がもてない。現代人には呼吸が浅い人が多いのだが、みぞおちが硬いために息がおなかに入らないためだといえ、深い息をしようと頑張ると余計にみぞおちが硬くなることもある。みぞおち自体から考えるのが効果的だろう。</p>
<p><br />　左右の肋骨の下の縁を外側からたどって、胸の真ん中までくるとそこがみぞおちだ。殴られたら気絶する急所であり、死の前にはこの奥に特殊な硬結ができると言われている。みなさんは、ここに指をぐっと入れてみると、硬さや痛みを感じるだろうか。みぞおちは身体の不調があると、また心理的不安、焦り、感情の我慢でも硬くなる。９０年代、若者が「むかつく」という言葉を連発するようになり、現在はやや飽きられたようだが、それでもよく使われている。「むかつく」とは、みぞおちが硬い身体状態を表現している言葉だろう。</p>
<p><br />　ある有名な武術家の方のみぞおちに、私は指を入れさせていただいたことがある。片手の４本の指をまっすぐつっこんでいったのだが、そこは異様に柔らかく、ずぶずぶずぶと何の抵抗も感じないまま、指の付け根まで全部入ってしまった。みぞおちとはこれほどまでに柔らかくなれるのかと驚き、この方の超絶的な動きは、ここの柔らかさあってのものなのだろうと思った。</p>
<p><br />　みぞおちを緩めるために効果的な呼吸法がある。少し膝を開いた形で正座し、みぞおちの脇に両手の指を伸ばして揃えておく。口から肺の空気を全部出す気持ちでハ――ッと吐く。それと同時に、両手の指をみぞおちにつっこんでいき、さらに同時に上体を膝の間までしっかり倒す。吐き終わったら、上体を起こしながら、みぞおちに入っている指をぷっと離す。その時、新鮮な空気がハッという音をたてて胸に流れ込むだろう。毎日これを３回くらいすると、胸の中の残気がすべて捨てられて、ずるずるひきずる思いやむかつく感覚がひとりでに消えていく。普段の呼吸がみな深くなる。</p>
<p><br />　私達の前にある難事はあまりに大きく、みぞおちが硬いまま向き合うのは無理だろう。深く静かな呼吸を保ち、長い視野で組み合っていきたい。</p>
<p>『産経新聞』２０１２年３月１２日夕刊（大阪本社版）文化欄掲載<br /></p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>震災で亡くなった方を悼む</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.hirayama-body.com/column/2012/03-05_491.shtml" />
    <id>tag:www.hirayama-body.com,2012:/column//2.491</id>

    <published>2012-03-05T03:24:24Z</published>
    <updated>2012-03-06T03:26:25Z</updated>

    <summary>産経新聞「からだ　こころ　いのち―再生の時代」３月第１回「震災で亡くなった方を悼...</summary>
    <author>
        <name>平山 満紀</name>
        <uri>http://www.hirayama-body.com</uri>
    </author>
    
        <category term="社会" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.hirayama-body.com/column/">
        <![CDATA[<p>産経新聞「からだ　こころ　いのち―再生の時代」<br />３月第１回「震災で亡くなった方を悼む」<br />　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<br />　震災一周年が近づくにつれ、命を落とされた多くの方達のことが思われてならない。</p>
<p><br />　私達は体験や見聞によって知っているが、人は、病気で死が近づいてくることを知る場合、いくつかの段階を経ることで、ついに死を受容して安らかな最期を迎える。まず、この世への強い執着の時期がある。お見舞いの人を帰らせなかったり、周囲にしきりに甘えたり、好きだったものにとてもこだわったり。逆にこの世のものごとを嫌う時期がある。家族に反発したり、ささいなことで怒ったり、好きなものにも見向きもしなくなったり。それから、人によっては病態が急変する時期もあり、これも、この世を去ることの葛藤と関連があるかもしれない。こうした過程を経た後に、人は思い残すことなく旅立つことができ、それを見送った方も少なくないだろう。生を全うして往生する姿は、時にこうごうしく、残される者に大きな慰めを与える。</p>
<p><br />　愛し馴染んでいたあらゆる人やものごとと、永遠に別れるというのは、これほどの葛藤をともなう大仕事なのだ。ならば、お別れもできずに急に逝くとは、どれだけ無念なことだろうか。</p>
<p><br />　死んだ後、人がどうなるかはわからない。日本人の意識調査でも「人間は死んだあとも、霊魂が残ると思いますか、そうは思いませんか」という質問に対し、「霊魂が残る」４６％、「そうは思わない」４２％とちょうど分かれている（朝日新聞調査、２０１０年）。「無念」をいだくような霊魂はない、と考える人もいるだろう。</p>
<p><br />　チベットの人達は輪廻転生を信じ、よく死んでよく生まれ変わることを人生最大の関心事にしていることは、日本でも知られている。チベット仏教の死についての教えによると、事故などで急に死を迎える場合、人の意識は混乱し、苦悶、恐怖の体験にとらわれて、次にどこに歩んでよいのかわからなくなるという。だから生者は、死者が癒され、苦しみから解放されるように、真摯に偽りのない愛情をもって祈りなさいという。祈りは、はかりしれない力をもって死者に届くと確信してよいという。</p>
<p><br />　震災、津波で突然亡くなった方は、さぞ無念なのではないか、どこに行っていいかわからない方もあるのではないか、という思いを私はどうしてもなくせないし、追悼の祈りが助けになるというチベット仏教の教えに、何か説得力を感じる。</p>
<p><br />　一周年にあたり、命を奪われた方達のために、心をこめて追悼したいと思う。墺悩や悲嘆を抱える御遺族のためにもそうしたい。</p>
<p>『産経新聞』２０１２年３月５日（月）夕刊（大阪本社版）文化欄掲載<br /></p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>鋭敏で白魚のような指</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.hirayama-body.com/column/2012/02-27_492.shtml" />
    <id>tag:www.hirayama-body.com,2012:/column//2.492</id>

    <published>2012-02-27T03:27:51Z</published>
    <updated>2012-03-06T03:30:15Z</updated>

    <summary>産経新聞「からだ　こころ　いのち―再生の時代」２０１２年２月第４回「鋭敏で白魚の...</summary>
    <author>
        <name>平山 満紀</name>
        <uri>http://www.hirayama-body.com</uri>
    </author>
    
        <category term="身体・性・舞踊" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.hirayama-body.com/column/">
        <![CDATA[<p>産経新聞「からだ　こころ　いのち―再生の時代」<br />２０１２年２月第４回「鋭敏で白魚のような指」<br />　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<br />　洋服店で商品を受け取る時、店員さんの美しいネイルに目が吸いつけられた。先が長めの形、甘い色のグラデーションの上にバラが盛られている。こういう、宝石のような指を目にするといつものことだが、ほれぼれとし、でも同時に、生活上不便で鬱陶(うっとう)しいだろうと想像され、そして指や手の使い方が時代的に変わってきたことを考えさせられる。</p>
<p><br />　私は爪にエナメルなどを塗ると、「指先が息苦しい」感じがしてならない。爪に「盛る」ことをしなくても塗ると指先は重く感じ、また指の感覚が鈍ってしまう。</p>
<p><br />　手や指の感覚を鋭敏にする「合掌行(ぎょう)気法(きほう)」という呼吸法がある。プロの整体師を目指す人達は励むそうだ。胸の前で両手を合わせ、集中してゆっくり指先から息を吸い、指先から息を吐くのだ。指先から呼吸をする、とは聞き慣れないが、多くの方が一度の体験で実感を掴むことはできる。呼吸とともに手や指がふわーっとふくらみ、何かがそこを流れて行き来し、またどんどん鋭敏さが増すのを感じるのだ。この呼吸法をすると、指先でよく呼吸することが指の敏感さを高めるので、逆に爪を塗って呼吸が塞がれると指が鈍ることもわかる。美しいけれども鈍い指、それがネイルを塗って装飾した指なのだろう。ネイルへの社会的評価が賛否に分かれているのも理解できる。</p>
<p><br />　さて、昔から「白魚のような指」という褒め言葉がある。ひきしまってしなやかに動く指だ。指を細長く見せようと爪を伸ばす現代の感覚も、この価値を求めている点では変わりがない。逆に私達の指は、むくんで太くなり動きが悪くなることもある。手や指は反対側の脳とのつながりが強く、脳の働きに滞りがあると指もむくんでしまうといえる。白魚のような指は、脳の活発さとのつながりがどこかで捉えられたため、時代を超えて愛でられているのかもしれない。</p>
<p><br />　むくんだ指を引き締める簡単な方法がある。むくんだ指の付け根を、もう一方の手の人差し指と中指の股にしっかりはさみ、むくんだ指の両側面をよく刺激しながら指先に向かってしごくのだ。十本の指をこのようにしごくと、指は着実に細くなり、頭もすっきりするだろう。</p>
<p><br />　鬱状態の方が、指が腫れて動きが悪いことも多いようだ。また、脳卒中をした方は特に、麻痺した側の指のむくみがひどい。リハビリとして、ご自分でできなければ是非周囲の方が、指をしごいてさし上げるとよいと思う。どうも頭の働きが鈍って...という方も、指から変えていけるだろう。</p>
<p>『産経新聞』２０１２年２月２７日（月）夕刊（大阪本社版）文化欄掲載<br /></p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>熱の体験</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.hirayama-body.com/column/2012/02-20_490.shtml" />
    <id>tag:www.hirayama-body.com,2012:/column//2.490</id>

    <published>2012-02-20T13:16:16Z</published>
    <updated>2012-02-25T13:17:53Z</updated>

    <summary>産経新聞「からだ　こころ　いのち－再生の時代」　「熱の体験」　　　　　　　　　　...</summary>
    <author>
        <name>平山 満紀</name>
        <uri>http://www.hirayama-body.com</uri>
    </author>
    
        <category term="身体・性・舞踊" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.hirayama-body.com/column/">
        <![CDATA[<p>産経新聞「からだ　こころ　いのち－再生の時代」<br />　「熱の体験」<br />　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<br />　個人的な体験を書かせていただくが、久しぶりに本格的な風邪をひいた。脚湯はしたけれど、身体がよほど発熱したかったのだろう、その効果ははねのけられて、何日も３９度前後の熱が続いた。体力がある人は高熱が出せる、老いたり体力がなくなると熱が出せなくなる。私は４０度を超せないのが悔しかった。熱を体験しながら、いろいろと熱について考えたり思い出したりした。</p>
<p><br />　今は、風邪の熱が免疫機能を高め、病原菌を弱らせることも知られるようになったが、それでも、風邪の熱について、世の人達の考えは賛否が半々なのではないだろうか。熱は必要があって身体が出しているのだから、自分の身体の働きを賛嘆し、信頼して任せればよいだろう。でも多くの人は「熱＝怖い」「高熱＝危険」と幼時から教えられたため、反射的に怯え、下げようとしてしまうのだと思う。</p>
<p><br />　私も子供の頃はそうだった。ある時微熱かなと思って計ったら、４０度もあってびっくり。その時の感覚は忘れない。急に寒気がして身体の力がぬけ、具合が悪くなった。ところが、それは仕組まれたいたずらだった。当時は一般的だった水銀の体温計を、お湯に入れて４０度位に上げて、仕舞っておいた兄弟がいたのだ。大笑いで終わったが、高熱だ怖いと思うだけで体調は激変するという、貴重な発見ができた。</p>
<p><br />　熱は身体の精妙な自己調整作用で、効用が大きいと知るようになると、私も実際の高熱でも力が抜けたりはせず、身体の変調を、感心しながら楽しめるようになった。自分の身体のすることを信じられると、自分への揺らがない自信も持てるようになる。</p>
<p><br />　今回私は仕事を休めず、勤務中は熱が下がり、家ではぶり返した。身心が緊張していると熱も出にくく、身体が行いたいプロセスも止まってしまうのだろう。ゆっくり休んで高熱になった時には、身体が刻一刻と変化していくのがじっと感じているとわかる。はるかに多くの感じられないプロセスも、進行しているのだろう。熱が下がった時、布団も寝巻もぐっしょりになるほど発汗した。普段の汗と違うべたべたした汗だ。日常は棄てられない老廃物や毒素の、最高のデトックスだと思う。</p>
<p><br />　子供には「知恵熱」と呼ぶ熱があるが、大人にないのはおかしいと思う。私は人生の転換期に、知恵熱を出して自己刷新をしていったこともある。熱の間頭を回っていた古い考えが、発汗とともに捨てられた。</p>
<p><br />　熱を避けるとは、これほど多くの熱の恩恵をみな逃すことなのだ。</p>
<p>『産経新聞』２０１２年２月２０日（月）夕刊文化欄掲載<br /></p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>ピンポイントの刺激こそが身体を変える</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.hirayama-body.com/column/2012/02-13_488.shtml" />
    <id>tag:www.hirayama-body.com,2012:/column//2.488</id>

    <published>2012-02-13T03:46:24Z</published>
    <updated>2012-02-15T03:48:15Z</updated>

    <summary>産経新聞「からだ　こころ　いのち―再生の時代」２月第２回　「ピンポイントの刺激こ...</summary>
    <author>
        <name>平山 満紀</name>
        <uri>http://www.hirayama-body.com</uri>
    </author>
    
        <category term="身体・性・舞踊" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.hirayama-body.com/column/">
        <![CDATA[<p>産経新聞「からだ　こころ　いのち―再生の時代」<br />２月第２回　「ピンポイントの刺激こそが身体を変える」<br />　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<br />　春は名のみの厳しい寒さ。冷えから風邪をひく方も多い。ゾクゾク悪寒がし、喉が痛かったり、薄い鼻水が出る、風邪の初期への対処法は、秋口の本稿にも書いたが今一度ご紹介しておきたい。</p>
<p><br />　ぎりぎり足が入れられる熱いお湯に足首までを浸ける足湯だ。ぬるくなっては効果がないので、ポットなどを用意して、さし湯ができるようにする。じわーっと上半身まで熱くなってきたら、両足をお湯から出して見てみる。面白いことに左右のどちらかが白く、他方が赤い。半身のどちらかがより冷えているのだ。白い方の足だけを熱いお湯に浸けてさらに数分。そちらも赤くなり、全身が本当にぽかぽかして冷えがとれる。その間と後は、汗が冷えないように乾いたタオルで拭くことも大事だ。</p>
<p><br />　両方の足を熱いお湯に入れても赤くならなかった側の足が、そちらだけをお湯に入れると赤く温まる、ということは不思議かもしれないが、身体とはそのようにできている。さらに言うと、全身浴をすれば、足もお湯に入れるのだから足湯も兼ねるように思えるが、足首から先だけを温める方が、風邪の初期、耳鼻喉の不調、心理的不安（不安だとアキレス腱が固く縮む）などには効果が大きくて、全身浴ではそれほどの効果は望めない。</p>
<p><br />　部分浴では他に、胃腸に症状の出る風邪には、ふくらはぎまでお湯に入れる「脚湯」がよい。手や腕は頭の働きと関連が強く、頭の回転が滞ってアイデアが出なくなった時には、「ひじ湯」が効く。漫画家の長谷川町子さんも、ひじ湯にかなり助けられていたそうだ。浴法ではないが、目が疲れた時、瞼の上に熱々の温湿布を載せるのも、効果が大きいので試されるといいと思う。目を温めると、首や肩も緩み、骨盤までもゆったりとするのが感じられるだろう。</p>
<p><br />　全体に対する刺激よりも、部分に対する刺激の方が、身体には大きな変化を促すと言える。それも、より適切な部分にピンポイントで刺激すると変化が大きい。強すぎたり繰り返されたりする物理的刺激も、身体を鈍らせて効きめを弱くしてしまう。刺激の量と効果は比例しないのだ。だから足湯も毎日は勧められない。</p>
<p><br />　適切な部分へのピンポイントの刺激に対しては、身体はそこにエネルギーを集中し、大きな反応を起こす。ただ一言の的を射た言葉、今の自分の身体にぴったりな食べものが、大きな変化を起こすのにも通じると思う。足湯をなさる時には、全身浴よりも温まる、身体の精妙さを、改めて味わってみて下さい。<br /></p>
<p>『産経新聞』２０１２年２月１３日（月）夕刊文化欄掲載</p>]]>
        
    </content>
</entry>

</feed>

