脚からの再生

[ Post Date ]
2010/07/20
[ Category ]
身体・性・舞踊

7月20日(火)

私にとっての大事な方が、癌と脳梗塞を起こされているので、なるべくお見舞いにうかがうようにしている。今日もうかがって、愉氣をさせていただいた。

このように弱られた方への愉氣については、私もほとんど経験がなかったので、私の整体の先生に詳しく教えていただいている。初めてのこと、学ぶことが多い。

まず、人は脚から亡くなるし、再生するのも脚からなのだということ。(おばけは脚がないというのも、なるほど。)7月なのに、おみ脚はとても冷えて、ホカロンをいくつも脚につけておられる。でも外から熱しても、おみ脚の中から温まる感じがしなくて、却って中はつめたく感じるらしい。そういう脚に時間をかけて愉氣をする。

両足首に触れてじいっと愉氣をしていると、冷たい壁が手の前にたちふさがって、びくともしない感じがする。でも、暫く続けていると、ふわあっと壁がとけていくのを感じる。私の手から出ていくものと、この方の身体の中のかすかな動きとが、入り混じるような感じが起きる。かすかな動きは大きくなる。私の手から出ていくものを、まるで吸いとっていくような力も感じる。こういうのを整体では感応という。

それから、両膝にも触れてじいっと愉氣をする。冷えたお膝でも、しばらく愉氣しているとふわあ~という温かい流れが起きる。

そうしたころ、また足首に少し冷えが戻ってくるようなので、足首にまた愉氣をする。そして、膝に再度愉氣をする。そのくらい時間をかけていると、脚にはずいぶん温かさが戻るようだ。こうして、自分の力で熱を生み出せるようになると、ホカロンで温めなくてもよくなる。脚に生気が戻ると、腰にも力がはいり、歩く力が戻ってくる。

脳梗塞の後の調整で大事なのは、足の指、手の指だということ。足の指をしごきながら伸ばして回すこと、足の第一蹠骨の土ふまず側をよくしごくこと、手の指の側面をよくしごきながら伸ばして回すこと。頭の弛緩した部分への愉氣なども大事だということ。

弱った方の冷たい身体に触れることで、二人の氣は感応し、弱った方のなかで再び氣が動き始める。この不思議さ。無言のまま、ただ手と身体とが交流をしている。喚起し、呼応し、交りあい、大きなうねりをつくる。生命はふたたび息づく。

また不思議なのは、ひとの身体に当てた手は、当てたところのずっと先で起きていることまで、なぜか感触で感じ取れるのだ。

よくわからないながら、生命の一番大事なことが、この無言の交流にはあるのだろうと思う。

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2010/07/20
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